私は音楽が好きで子供のころからよく聴いていました。子供のころはラジカセしかなかったので、いつも大体ラジオで音楽を聴いていました。ラジオから流れてくる曲で気に入った曲があったらカセットテープに録音していました。それから私が中学生になって登場しました。今まではカセットテープしかなかったので、すごいものが出てきたなと思っていました。すぐにCDラジカセを購入して音楽を楽しみたいと思っていたのですがあんまりお金がなかったので買えませんでした。でも姉ちゃんが新しいラジカセを購入したので、私も一緒に使わせてもらうことにしました。それで初めて買ったのは洋楽のハードロックバンドのドッケンでタイトルはビーストフロムザイーストです。それは日本公演のライブバージョンでたくさんの曲が入っている最高のアルバムでした。さっそくラジカセに入れて聴いてみると、カセットテープとは違ってスムーズな感じで音が流れてきて、もちろん音もすごく綺麗なので聴いていてめちゃめちゃ嬉しかったのを覚えています。今では当たり前ですが、カセットテープやレコードしかなかった時代を考えると物凄い、進化したと思いますね。一番初めに買ったCDは今でも大切にもっています。
日本の植物学の父といわれる牧野富太郎博士をご存じでしょうか。彼は江戸末期に生まれ昭和32年に94歳で没しています。高知県佐川町尾川の出身です。小学校を中退して独学で植物学を学び、その後現在の東大の助手を経て講師となり、65歳で東大から理学博士の学位を得ました。東大の講師に小学校中退の人がなったのは後にも先にも彼一人ではないかと思います。植物分類学の研究の成果を学術論文にまとめて、やがて世界的にも牧野の名は知られるようになりました。しかし、研究に没頭するあまり実家や奥さんの財産を食い潰したともいわれています。また、研究の為に植物採集に行った地にストリップ小屋があり、研究そっちのけでストリップ小屋に行ったという話は有名です。昔、クイズ・ダービーという番組でも、「牧野富太郎博士が若さを保つためにおこなった事とは?」というような問題が出題されて、高知県出身の故はらたいら氏は勿論正解でした。本当に若さを保つだけだったのでしょうか?でも人間として男・牧野富太郎があらわされているエピソードだと思います。そして昭和26年に第一回の文化勲章を貰っています。高知県が誇る世界の牧野といえるでしょう。実は、私の父の実家は牧野博士の生家の上にあって、私が小さい頃よく自慢話をしていました。その父の実家へ小さい頃に1、2度連れて行って貰ったことが朧気ながらあります。その際ここに牧野博士の家が昔あったんだよと教えてくれました。父は養子で同じ町内といえども尾川からかなり離れた私の母の実家へ養子として入ったのです。そういう事情もあり牧野富太郎博士を自慢するのだと思います。正に父にとっては、高知が生んだ以上の強い偉人意識があったに違いありません。認知症となった父は今、母の事は判別できますが、果たして自分の中の偉人・牧野富太郎博士を覚えているでしょうか?今度帰省したら聞いてみたいような、聞いてみたくないような・・・。
私が免許とりたての頃に友達と3人でドライブに行ったんです。慣れない運転と道とでかなりの緊張感の中運転し、友達の話す内容も聞こえず…の状態で運転しておりました。滑り出しはOKだったんですが、途中から悪天候に見舞われ、大雨というか台風の中にいるような状態の中運転しなくちゃいけない状況に陥ったんです!もう私はパニックですよ?。どうしていいのかわからないし、前の車や斜線すらも大雨の影響で見えないんです。自分が一体どこを走っているのか分からないし、大雨はやみそうにないぐらいの勢いで降り続けるんです。運転の上手い友達に運転を変わってもらう事も出来ないぐらいに視界が悪いんです。その辺に止めちゃって!という友達の言葉の意味が全く理解できず半ベソでただただ、走り続けるのみでした。本当はお台場に行く予定がなぜか八王子市の方に行ってしまい・・・。いや?今でも友達の間で語り継がれている逸話なんですよ!年に1回は集まってお酒を飲む友達なんですが、酔っぱらうといっつもこの話題になり、私の運転はひどかっただの、あれでよく免許もらえたな!だの、散々なんです。年をとって酔っぱらうと同じ事を言うという話は本当なんだな?となんだか他人事のように聞きながらお酒に飲まれていくんですよね?(笑)